台14線で合歓山へ

 

埔里とは

 埔里はほぼ台湾の中心に位置します。台湾中部の観光の中心でもあり、バスターミナルからは日月潭九族文化村などへも行くこともできます。山に囲まれ冬は暖かく夏は涼しい気候で、雨量も豊富なことから農業にとても適しています。マコモダケやパッションフルーツ、生花などの生産が盛んで台湾の切花市場の80%が埔里産です。さらに台湾に生息する蝶の半分以上にあたる200数種もの蝶が生息していて、1960年~1970年の間には数多くの蝶の加工品が輸出されました。このため、かつて台湾は「蝶の王国」と呼ばれていたほどです。

埔里酒廠

埔里酒廠の成り立ち

埔里酒廠の外観
埔里酒廠の外観

 台湾のお酒と言えば、あっさりした飲み口で湿度がじっとりとまとわりつくような夜にぴったりの台湾ビール。薫り高くすっきりした金門島の高梁酒、ふんわりして豊穣な甘みが広がる埔里の紹興酒が有名です。

 埔里酒廠は1911年に生まれた埔里製酒株式会社が原点です。1917年に台湾総統府が買い付け、政府管理の下で台湾人向けの蒸留酒や日本人向けの日本酒を造っていました。1947年には台湾省地方政府の管轄になり、中国浙江省から醸造技術を持つ周景文と周景山の兄弟がやってきて、1952年には埔里の西側にある愛蘭台地のわき水(愛蘭甘泉)で紹興酒を作るのに成功しました。1957年に埔里酒廠に改名し、本格的に紹興酒を醸造する工場になりました。

 埔里の紹興酒は1960~70年代には蒋介石が主催する宴会の専用酒にもなり、1988年にはギリシャで行われたモンドセレクションで金賞を受賞しています。

 しかし、1987年になると台湾政府が洋酒の解禁を行い、紹興酒の需要は減っていきます。工場の縮小やリストラの噂が流れる中で、埔里酒廠は地元の産業文化や地域住民との結びつきを強めていき、1995年には工場の公開を始め、1996年には台湾で初めての酒博物館を設立します。来客者数は徐々に増えていき、現在では年間130万人以上の観光客が訪れる台湾を代表する観光地のひとつまでになっています。

巨大な紹興酒の瓶がお出迎え
巨大な紹興酒の瓶がお出迎え
紹興酒博物館の入り口
紹興酒博物館の入り口
物産センター入り口
物産センター入り口


埔里酒廠の施設

 埔里酒廠には工場の歴史や紹興酒の紹介がある博物館と紹興酒や埔里の特産品を販売する物産センターが併設されています。博物館は工場で使われていた道具や資料が展示されています。日本語での解説もあるので埔里酒廠について深く知ることができますよ。

道具の展示
道具の展示
紹興酒の瓶が並べられたコーナー
紹興酒の瓶が並べられたコーナー
買い物客でにぎわう物産センター
買い物客でにぎわう物産センター


 お酒好きに見逃せないのは紀念コップを購入すると試飲ができるコーナー。10年以上寝かせたお酒を試すことができます。アルコールのトゲトゲしさがなくなり、まろやかでほのかに甘い上品な味わいですよ。また原住民デザインの服、バッグ、アクセサリーなどを販売するお土産店もあります。

試飲コーナー
試飲コーナー
お土産店
お土産店
お土産店
お土産店


紹興酒の作り方と楽しみ方

様々な紹興酒
様々な紹興酒

 埔里の紹興酒は昔ながらの方法で作られていて、もち米、蓬莱米、小麦が原料です。まず精米歩合80%の蓬莱米で米麹を作り、小麦で麦麹を作ります。愛蘭甘泉と米麹で酒母を作り、酒母を元に米麹、麦麹、もち米、愛蘭甘泉を加えて発酵を進めます。発酵が終わったら、絞って、澄ましてから濾過、殺菌の後に瓶に入れて、3年以上自然に熟成させて完成です。5年以上熟成させたものを「陳年紹興酒」と言い、7年以上は「特級陳年紹興酒」と呼ばれています。陳年には長年寝かせた酒という意味があります。

 紹興酒が合うのはやはり中華料理。上海ガニを始めとするカニ料理と相性が良いそうです。食欲を増進させたり、消化を助けたりするそうで食前酒として最適です。温めると香りが柔らかくなり飲みやすくなります。夏は冷やしてロックやソーダ割にしてさわやかに楽しむことができますよ。最近では美容でも注目されていて、美白用の化粧品に使われていたりもします。


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スポット名
埔里酒廠
住所
南投縣埔里鎮中山路三段219號
電話番号
049-2984006~9
営業時間(展示館)
平日9:00-16:30、祝日9:00-17:00
営業時間(物産館)
平日8:30-17:00、祝日8:30-17:30
定休日
なし
Web site
http://event.ttl-eshop.com.tw/pl/
アクセス
台湾高速鉄道台中駅からタクシーで約45分


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