台北遊透隊 
調査報告書 No.43

ノスタルジー台北 
艋舺を巡る

艋舺エリアの歴史

  • 艋舺エリアの歴史
  • 艋舺エリアの歴史
  • 艋舺エリアの歴史
  • 艋舺エリアの歴史
  • 艋舺エリアの歴史
  • 艋舺エリアの歴史

 「艋舺」は現在の台北萬華エリアの以前の呼び名で、清朝末期には台北城(大稲埕と艋舺の間にあった城郭)、大稻埕と並び、台北の三大市街地の一つでした。当時、台湾原住民の商が集まった「艋舺」は台北市の発祥地とも言われ、台北で最も古い市街地だった「大溪口」は、現在の貴陽街と環河南路の交差点辺りにありました。

 当時、平埔族は、船によって漢人との貿易をおこなっており、平埔族の言葉で船を「Bangka(ヴァンカア)」と呼ぶため、その発音に似せた「艋舺」という名前を付けました。その後、日本統治時代に入り、佛典の中で台湾語の「艋舺(マンガ)」の発音が中国語と日本語の「萬華(ワンファー/ばんか)」の発音と似ているため、日本政府によって「艋舺」から「萬華」に改められました。

 「艋舺」は台北の中で最も早期に開発されたエリアで、台南府城(台南の安平)、彰化鹿港(彰化縣鹿港)と共に台湾の中で最も反映していた三か所の一つでした。台湾北部の重要な文化拠点となり、商業や文学の中心地として、「一府二鹿三艋舺(一に台南、二に鹿港、三に艋舺)」と称されました。300年近い繁栄の歴史を持ち、今日、艋舺は重要な歴史の意義を持つ古い情緒を残す街となっています。今回は、私達と一緒にノスタルジーを感じる台北を巡り、この地に刻まれた歴史の足跡を辿って新しい艋舺の魅力に触れてみましょう!

記者:柴郡貓(チェシャ猫)

台北在住のシンガーソングライター。猫のような可愛さと個性を持つ猫系ガール。台湾及び日本でライブ活動を行っているほか、音楽・文化・旅行を通して日台交流を目指す音楽旅人。

攝影:Brian
艋舺エリアの歴史 艋舺エリアの歴史
艋舺の三大寺廟 艋舺の三大寺廟
年に一度のビッグイベント「艋岬青山祭」 年に一度のビッグイベント「艋岬青山祭」
ノスタルジーな老街を散歩 ノスタルジーな老街を散歩
伝統市場巡り 伝統市場巡り
ページのトップへ戻る